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札幌高等裁判所 昭和52年(ネ)242号 判決

控訴人兼附帯被控訴人

高橋アヤメ

被控訴人兼附帯控訴人

株式会社水明荘

右代表者

若松鉄次

右訴訟代理人

上田文雄

横路民雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人兼附帯被控訴人は被控訴人兼附帯控訴人に対し金六〇〇万円に対する昭和五一年九月二九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  当審における訴訟費用は、控訴人兼附帯被控訴人の負担とする。

四  この判決の二、三項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一〈証拠〉によれば、昭和五一年五月二七日に、被控訴人と控訴人との間で、被控訴人から控訴人に対し、本件建物及びその敷地である北海道石狩郡新篠津村一二八四番二の土地(以下これを「一二八四番二の土地」という)のうち四二〇坪の部分(以下これを「本件土地」という)を代金は一二〇〇万円、その支払方法は契約締結と同時に手附金を兼ねる内金一〇〇万円、右土地、建物引渡しと同時に金五〇〇万円、右土地につき控訴人名義の所有権移転登記、右建物(当時未登記)につき控訴人名義の所有権保存登記を完了の後直ちに残金を支払うとの約定のもとに売渡す旨の売買契約(以下、これを「本件売買契約」という)を締結したこと、本件土地は、その後の同年七月一三日に前記一二八四番二の土地から分筆されて一二八四番五、宅地1526.16平方メートル(以下、これを「本件土地(但し前記分筆後の一二八四番五の土地)」という)となつたことが認められる。

もつとも、〈証拠〉によれば、訴外新篠津村と控訴人との間で、新篠津村から控訴人に本件土地(但し前記分筆後の一二八四番五の土地)を売買代金四六万一六六〇円で売渡す旨の昭和五一年八月一二日の土地売買契約書が作成されたことが認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、本件土地を含む、前記分筆前の一二八四番二の土地は、もと新篠津村の所有であつたこと、被控訴人は、新篠津村村議会議員、同村観光協会役員らを中心とする同村村民約五〇〇名の出資により、本件土地上に建物を所有しこれを村民の憩いの場として運営していく目的で設立されたものであつて、被控訴人は、新篠津村から本件土地を無償で借受けたうえ、昭和四二年頃に本件土地上に本件建物を所有し、爾来、本件建物において族館「水明荘」の看板を掲げて営業してきたものであるが、昭和五一年初め頃に至り、その経営が行詰まり、本件建物を処分して清算手続に入ることにしたこと、それで被控訴人は、本件建物をその敷地である本件土地と一括して売却するのでなければ買手がつかないと考え、同年三月二五日に新篠津村に本件土地の無償払下を陳情したこと、それで新篠津村は同村議会議員協議会の協議を経て、同年四月一九日頃本件土地を被控訴人に対し金四六万一六六〇円で売却する旨決定し、被控訴人はこれを承諾して、その頃新篠津村に右売買代金を支払つたこと、それで被控訴人は、控訴人に対し被控訴人が新篠津村から本件土地を買受けた経過を話したうえ、同年五月二七日に控訴人との間で本件売買契約を締結したこと、その直後、本件土地の所有権移転登記について、新篠津村、被控訴人及び控訴人の三者間で協議の結果、被控訴人名義の登記を省略したいわゆる中間省略登記により、新篠津村から直接控訴人に所有権移転登記を経由することにしたこと、新篠津村と控訴人との間に前記の土地売買契約書が作成されたのは、右中間省略登記をするためであつたこと、以上の事実が認められる。右のとおりであるから前示〈証拠〉の記載は前段の認定の妨げにはならないものであり、〈証拠〉中、前段の認定に反する部分は措信することができない。他に前段の認定を覆えすに足る証拠はない。

二被控訴人が昭和五一年六月一〇日に控訴人に、本件土地、建物を引渡したこと、本件上地(但し前記分筆後の一二八四番五の土地)につき札幌法務局江別出張所昭和五一年九月七日受付第八五五二号をもつて新篠津村から、控訴人への所有権移転登記がなされたこと、本件建物につき同法務局同出張所同年九月二八日受付第九二九〇号をもつて控訴人名義の所有権移転登記がなされたことは、いずれも当事者間に争いがなく、前判示したところによれば、本件土地(但し前記分筆後の一二八四番五の土地)についての控訴人名義の前記登記は、被控訴人名義の登記を省略してなされたいわゆる中間省略登記であつたことは明らかである。

三そこで控訴人の抗弁を順次判断する。

(一)  弁済の主張について

控訴人が被控訴人に対し本件売買契約の売買代金として金六〇〇万円を弁済したことは当事者間に争いがない。

しかしながら、被控訴人が本訴で請求しているのは、本件売買契約による金一二〇〇万円の売買代金のうち、右弁済金六〇〇万円を控除した残額であることは弁論の全趣旨によつて明らかである。別言すれば、右弁済金六〇〇万円は、右売買代金債権のうち被控訴人が本訴において請求していない部分に充当されたものと認められる。

よつて控訴人の右弁済の主張は失当である。

(二)  被控訴人の瑕疵担保責任による控訴人の損害賠償請求権をもつて相殺の主張について

1  〈証拠〉によれば、本件建物は昭和四二年頃に旧中学校校舎の古材を利用して建築されたもので、昭和四九年頃から破損、老朽した箇所がかなり出てきたこと、そのため被控訴人は昭和四九年一一月一三日に北海道江別保健所から本件建物(水明荘旅館)の監視を受けた際、同保健所から本件建物の不備並びに改善を要する項目を指摘され、その改善方について口頭で指示を受けたこと、しかしながら、被控訴人は、同保健所が再度本件建物を監視した昭和五〇年三月三一日までに右項目を改善しなかつたので、同保健所から同年四月四日付決定書をもつて本件建物の浴室、脱衣室が老朽甚しく新設の要あること外一〇項目につき改善、整備を指示されたこと、それで被控訴人は右各項目のうち浴室、脱衣室についての項目以外については改善、整備したこと、而して被控訴人は昭和五一年三月三一日に本件建物における旅館営業を閉鎖し、同年四月五日に営業休止届を出したが、これは右営業が行結まり、近いうちに本件建物を処分することが予定されていたためであつて、当時被控訴人は保健所等から休養を命令されたり勧告されたりしたことはないこと、しかしながら、昭和五一年四、五月頃本件建物の浴室、脱衣室はその天井が落ちそうになる等破損、老朽が甚しく、旅館営業を再開しようとしても、そのままでは使用不可能な状態であつたこと、以上の事実が認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

なお控訴人は、本件建物の従前の自動火災報知器は用をなさず、誘導灯の設備もなかつたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

2 右1前段認定の事実によれば、本件売買契約が締結された昭和五一年五月二七日当時、本件建物の浴室、脱衣室には瑕疵があつたものと解するのが相当である。

しかしながら、本件土地、建物を買受けるのは比較的大きな取引と認められるうえ、〈証拠〉によれば、控訴人は、本件建物の所在する新篠津村の隣町に居住し、本件売買契約を締結する二箇月位前の昭和五一年三月頃から被控訴人と本件土地、建物の買受について交渉していたこと、控訴人は、本件土地、建物を買受けた後で本件建物において旅館を営業する予定であつたことが認められ、右認定の事情のもとでは、本件土地、建物を買受けようとする控訴人としては、本件建物を予め検分する程度の注意は払うべきであり、控訴人が右の注意を払つて本件建物を検分すれば、直ちに前記浴室、脱衣室の状態を知ることができたものと認められるから、本件建物の浴室、脱衣室の前記瑕疵は隠れていたものとは認められない。なお、仮りに本件建物に控訴人主張のとおり、誘導灯の設備がないという瑕疵があつたとしても、本件建物を検分すれば、それは直ちに判明したことであるから、それも隠れていたものとは認め得ない。

3  のみならず、〈証拠〉によれば、控訴人は本件売買契約を締結する前に予め二回位本件建物を検分し、その際は被控訴人の役員が本件建物内を案内したこと、特に控訴人が昭和五一年四月中旬頃二度目に本件建物を検分した際は、控訴人はその親戚で江別市建設部長をしている増井清一外一名を同行して本件建物を検分してもらい、その専門的意見を本件建物等を買受けるか否かの参考にしようとしたこと、右検分に際し被控訴人の常務取締役白石富繁、同高橋房吉は一時間位にわたり控訴人外右二名を案内して本件建物内をくまなく廻り、浴室、脱衣室も案内したこと、それで控訴人外右二名は右浴室、脱衣室が前判示の状態であることを知り、又その他の箇所についてもその状態を知るに至つたことが認められ、これによれば控訴人は本件売買契約が締結された当時、本件建物の浴室、脱衣室その他の箇所に瑕疵のあることを知つていたものであり、従つて仮りに右瑕疵が隠れたる瑕疵に当たるものとしても、それによつて被控訴人が控訴人に対していわゆる瑕疵担保責任としての損害賠償義務を負ういわれはない。

4  そうすると、控訴人の前記相殺の主張は、爾余の判断をするまでもなく失当である。〈以下、省略〉

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

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